父の背中と焼き鯖茶漬け

夜中にふいに目を覚まして、そのまま寝付けない時、決まって思い出す光景があります。
10才の頃の、或る夜のことを。

僕の家は、京都で小さな土産物屋をしていました。
絵葉書やキーホルダーやお菓子などが小さな店に所狭しと置かれていました。
夜に店を閉めた後も、掃除や商品の補充、売上の計算、
両親は遅くまで働いていて、夜御飯は、5つ上の姉と食べることがほとんど。
休みの日は稼ぎ時なのでどこかに連れて行ってもらえることもなく、
サラリーマンの家の子をうらやましく思ったものです。

或る日のこと、夜中にふと目を覚まして、トイレに行くと、
あれ?台所に灯りがついています。
目をこすると、ダイニングテーブルのところに座っている
父の大きな背中が見えました。

「お父さん?」
「おお、浩、どうしたんや。目が覚めたんか」

父の手には大きなお茶碗。
いつもは厳しい父が、バツが悪そうに笑っています。
「鯖寿司の茶漬けや。これがうまいんや」

「お前も食べるか?」
父は、鯖をさっと炙ってお茶漬けにして
僕に渡してくれました。

とろりとお茶に溶け込んだ鯖の脂と、香ばしい匂い。

大人の仲間入りをしたような
特別な味がしたことを覚えています。

時は流れて…僕もあの頃の父と同じ年頃になりました。
深夜に小腹が空いてくると
無性に食べたくなるのが、鯖寿司です。

息子は今5才。
いつか父がしてくれたように鯖寿司を炙って、
お茶漬けにして食べさせてあげたいなあと思っています。
そんな日をちょっと楽しみにしている自分がいます。